シゴト・オトコ・キレイ-オンナ目線のキュレーションサイト

赤澤える:女子力とレモンサワーと日陰の隙間と…【ボクたちはみんな大人になれなかった】

2017年6月に発売され、累計発行部数8万部超の燃え殻さんの小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)の文庫版が11月28日に発売されました。文庫版の発売を記念して、ウートピではイラストレーターのmaegamimamiさんに引き続き、ブランド「LEBECCA boutique」のディレクター・赤澤えるさんに書評を寄稿いただきました。

【megamimami】辻褄の合わない彼女たちを包みこんでくれるのはいつだってボクたちだった

深夜1:18

深夜1:18。私は今、冷えたベッドでこれを書いている。

都会の中心にあるこのシェアハウスには、10人の女が暮らしている。ホットヨガ、パワースポット、ナイトプール……。「ここは星いくつ」「あぁそこ知ってる」「バズったやつね」。今夜も聞こえる女子力をBGMに私は筆を走らせる。

この家は私が社会人になりたての頃にも暮らしていた。何をやっても失敗ばかりの高卒新米ボロ雑巾だったあの時、私はそれでも必死に日々を生き抜いていた。「初心にかえろう」数年ぶりに帰ってきたのはそんな思いがあってのことだ。

ふと、窓から外を見る。すぐそこの大通りがぽつぽつと染みている。こんなに煌々(こうこう)としていてもどこか寂しく映るこの風景は、都会特有の情緒だろうか。洗濯物を取り込む手が冷たい。

私にはこの独特の空気が人の形をしたような友人がいる。彼の愛称は「燃え殻」。初めて会った日の感想は、“実在するのに点線みたい”だった。

IMG_5707

「なんか、大丈夫ですか。向こう側が透けて見えそうですけど」出会って数分、一回りは年上であろう姿勢の低い男性に私は思わずこう言った。

彼は大きな声で笑ったけれど、その声は私の普通より小さかった。「好きなんですか、レモンサワー」「まぁ、はい。ここのは……」私の問いに答える声は薄く、その後に続いた言葉はグラスの氷が鳴る音でかき消えた。

私は職業柄、キラキラをぶっかけられることが多い。したがって、角度によっては輝いて見えることもあるかもしれない。

でも現実はどうだろうか。学校も行かなかったし、家族を苦しめたし、歓迎される地元もない。ファッションを生業にしている今も雑誌やテレビに興味が湧かず、流行には疎いほう。私はそういう人間だ。

なぜか持ちあわせている幸運がご飯を食べさせてくれている、いつだってただそれだけなのだ。

IMG_5719

日陰の隙間にかろうじて生まれた細い日向、そこで今日も生きている。だから、手を広げればすぐ隣にある薄暗い場所、時々そちら側に行って背中を丸める。

燃え殻と呼ばれる男も時折、目や耳になだれ込むキラキラを素手で拭いながらやってくる。彼は口にする一言ずつが溜息のようで、毎日何かに擦り切れながら生きている。

彼と乾杯すると、電球のほとんど切れかかった地下通路を歩く夜のような、元々が何か思い出せなくなった広い空き地を見ている昼のような、残業を強いられ気付いた時には空が白み始めている朝のような、そういうぽっかりとした感覚に陥ることがある。

ラジオもテレビもインターネットも取り上げる、ツイッター界の著名人。でもどういうわけか彼は日陰にずっといる。そういう人なのだ。

***

その後聞かせてくれた彼の話には、鼻の奥がツンとなるものもあった。好きになった人との夜や、フェイスブックの残酷さ、憧れの末端にある仕事から、朝から晩まで働く日常、原因不明の病のことなんかも。

誰にも会わないでいられる居酒屋の隅っこで、彼の生きてきた道に心を込めて献杯した。

IMG_5713

そうしている間にも、哀愁漂う彼のツイートには今日も人が群がり、その透けそうな姿にスポットライトを当てようとする。それが彼の本意かは知らない。私が出会った時にはすでにそういう状況だった。あのツイートはどこまでが事実なのか、などと突き刺す者を見かける。どちらでも構わないし別にどうでも良い、そう思いながら画面を流す。点線で、透けていて、溜息で、レモンサワー。私にはそれが本当で、これで充分だった。

***

ふと気がつくと、周囲が当てたスポットライトで彼の姿はすっかり白く飛んでいた。余所からの期待ほど強く乱暴なものはない。光に眩(たちくら)み見えなくなったその姿を手当たり次第に探す人々、それを横目で気にしつつ、彼は日陰で確かに文字を積み上げていた。

『ボクたちはみんな大人になれなかった』

彼は近年、こんなタイトルの小説を書き上げた。積み上げてきた文章がついに初めて形になったのだ。それを手にした夜、私はワァッと一気に読んだ。

そこにはレモンサワーと共に飲み込んだ彼の話が散らばっていた。かつての恋人にフェイスブックの友達申請をしてしまうところから始まるその物語、それは紛れもなく彼のものだ。私の過去とは違う。しかし何かがおかしい。今までの恋が、仕事が、家族が、景色が、私しかしらないそれらが全部、泥だらけのまま次から次へと現れる。手に汗が滲(にじ)み、口が乾く。ぎゅっと目を閉じ、息を吐ききった。

積み上げられた文字を追いながら、私は私自身が体験したことのある痛みと再会してしまった。私はこの小説にえぐり返されたのだ。読み進む中で幾度となく飲み込まれ、心臓の内がかきむしられ、その結果が両目からどっと氾濫した。

私はスマホをページに挟み、数分そのまま壁を見つめた。どうしてこんなことになっているかよくわからない。でも確実に、知っている感情がそこにあった。そしてそれが私の引き出しを勝手に開けっ放しにしたのだ。なんだよこれ、聞いてないよ、そう吐きながら目を冷やした。

IMG_5704

深夜3:46

深夜3:46。私はまだ、冷えたベッドでこれを書いている。

この家は私が社会人になりたての頃にも暮らしていた。何をやっても失敗ばかりの高卒新米ボロ雑巾だったあの時、私はそれでも必死に日々を生き抜いていた。

私は引き続き、日陰の隙間にかろうじて生まれた細い日向、そこで今日も生きている。そして、手を広げればすぐ隣にある薄暗い場所、時々そちら側に行って背中を丸める。そこにはやはり、点線みたいな姿がある。

哀愁漂う彼の言葉には今日も人が群がり、その透けそうな姿にスポットライトを当てようとする。それが彼の本意かどうかは知らない。あの小説はどこまでが事実なのか、などと突き刺す者を見かけた。どちらでも構わないし別にどうでも良い、そう思いながら画面を伏せる。私にはこれが本当で、それで充分だからだ。

IMG_5702

早朝6:21

早朝6:21。まもなくこれを書き終える。

『ボクたちはみんな大人になれなかった』あの小説は1つ目の段ボール、その一番奥にしまってある。次の月曜から、またこの部屋は誰かのものになる。私が帰ることはもう二度とないだろう。

何をやっても失敗ばかりの高卒新米ボロ雑巾だったあの時の感情は、1つ目の段ボール、その一番奥に確かにある。次の月曜から先も、私は日々を生き抜いていく。今朝も聞こえ始めた女子力に耳を塞ぎ、私は筆を置くことにする。

IMG_5721

(文:赤澤える、写真:ハヤシサトル)