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我が子のADHD傾向を指摘されて思ったこと。「生きづらさ」について考える

『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)著者の姫野桂さんと、コラムニストの河崎環さんによる「生きづらさ」をテーマにした対談。

第2回は、河崎さんのお子さんのエピソードから、姫野さんの感じた就職活動に対する違和感まで、「教育」と「社会」を軸に、生きづらさの現状について語ります。

姫野さん(左)、河崎さん(右)

姫野さん(左)、河崎さん(右)

スイスで指摘された息子のADHD傾向

河崎:今回姫野さんと「発達障害」や「生きづらさ」をテーマにお話しさせていただく上で、私の経験についてもひとつの事例になるのかなと思っていて。というのも、私には子どもが二人いるんですが、下の子が海外で、ADHDの傾向があると指摘されたんです。

姫野:そうだったんですか。

河崎:もともと、「ちょっと変わった子だな」とか「過敏な子だな」という程度の印象はあったんです。周りからも「大丈夫、元気に育っていけばどうにかなるわよ」と言われていて、たしかに育てるのは大変だったけど“どうにかなる子”の範疇にいたんですね。

ただ、その後、家族でスイスに移り住んだのですが、そこの地元の病院の小児科の先生がたまたま発達障害の世界的な権威で。あるときインフルエンザのワクチンを受けに行ったら、過剰に嫌がって泣くわが子を見て、先生が「発達障害の症状をすごく感じるから、よかったら助けになろう」と言ってくださって。

姫野:なるほど、先生から見たら明らかだったんですね。

河崎:正直に言えば、「ああ、言われた」って図星を当てられた感覚でした。心の底では、ひょっとしたら、ってずっと思っていたんですよね。ただ、そこでは診断という形にはせず、投薬治療も選ばずに、彼が8歳のときに日本に帰ってきました。

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ちょっと変わった子への対応の違い

姫野:その後、日本の学校では大丈夫でしたか?

河崎:大問題でした。とにかく整理整頓ができないし、不注意だから一人で外を歩かせるのも怖くてできない。その上、海外と日本では、“ちょっと変わった子”への対応がかなり違うんですね。

姫野:どう違うんですか。

河崎:日本だと、1クラスに40人くらいいるから、先生が一人ひとりに合わせた注意の仕方や対応を考えるのはものすごく大変なことなんです。だから、40人がみんな同じ方向に椅子と机を並べて、黒板を見るような画一的な指導になる。それが息子にとってはかなりのプレッシャーだったみたい。

だって、世の中にはたくさんの面白いことがあって、教室の窓の外ですら車の走る音や鳥のさえずりなど刺激的なものに満ち溢れている。でも、そちらに顔を向けると「よそ見をしてはいけません」と怒られる。先生の中では息子は問題児。ある日とうとう「普通学級じゃ無理だと思います」と言われてしまって。

姫野:知的には問題がなかったんですよね?

河崎:そうなんです。結局、行動面で40人のクラスメイトと揃えられないことが、先生にとっては「普通学級ではやっていけない」という判断につながるんだな、と。海外はそこが違っていて、“ちょっと変わった子”は「個性」として扱われる。

そもそもクラスの人数が十数人くらいの小さなものなので、一人ひとりに合わせた教育を考える余裕があるんですね。「彼はこうすれば注意がちゃんと伝わるな」とか「こういうプリントだったら楽しく勉強してくれるんだな」とか。

オモシロい帰国子女として暮らす息子

河崎:息子はいまは窮屈な日本社会にもすっかり適応して、「オモシロい帰国子女」としてゴキゲンで暮らしています。でもそういう経験もあって、姫野さんの本を拝読しながら発達障害をもって日本で生きるってとても大変なことなんだなと思ったんです。

姫野:そうなんですね。教育現場の話でいうと、今ってだいぶ変わってきているようなんです。先日大学のパンフレットを作成する取材があって、その大学の教育学部卒で、現在は小学校で勤務されている先生から最近の教育現場について教えていただきました彼らの話では、必ずといっていいほど“発達障害”の話題が出ました。クラスに必ず1〜2人はいるようなんです。発達障害だという診断を受けている子は対応がしやすいけど、診断を受けていない子の扱いが難しい、親にもどういう伝え方で検査を勧めるか悩む、というお話でした。

河崎:発達障害という言葉の認知度が上がるにつれて、少しずつ社会も変化してきているところはあるんですね。

姫野:どちらかというと、私の連載で取材させていただいた方々のほとんどは、社会人になってからダメだとなってしまったパターンでした。学生時代までは、なんだかんだやれていたのだけど、社会人になって自分ができないことの多さに苦しくなってしまう。

かくいう私も、就活の時点で決定的に「あ、私、無理だ」って気づいたタイプで。みんな同じリクルートスーツを着て、女の子は髪を横分けにして、というのが本当に耐えられなかった。

河崎:あれ、はたから見ても不自然ですよね。

姫野:そもそも算数ができないので、SPIの時点で解けないし。まあ、私の場合は何かの手違いで大手に受かったとしても続かなかっただろうな、とは思うんですけど。会社員時代がうまくいかないことだらけで辛かったので。

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「世間の本音」を知る

河崎:学校まではなんとかなっても就職してからが大変だっていう話を聞いて思ったんですけど、就活って、ものすごく正直な「世間の本音」を突きつけられる瞬間でもありませんか? それまではなんだかんだいって、個性が素晴らしいものだとされたり、「いろんな子どもがいてもいいよね」と言っていたはずなのに、就職して社会人になった途端、「なに言ってんの、男はこうあるべきで、女はこうあるべきだよ」と一斉に個性を潰しにかかってくるというか。

姫野:それが世間の本音なんだな、と知るのは辛いですよね。今回取材させていただいた方々の中には、障害者雇用で働いている人もいれば、一般の枠で働いている人もいて、当事者の中でも様々な課題や葛藤があるんですよ。

カミングアウトした方が働きやすいという人もいれば、偏見が怖くてカミングアウトできない、という人もいる。社会での生きづらさは、その人の症状の程度や性質、職場環境によって大きく変わるので、一概にこうした方がいいよ、と解決策を提示することは難しいなって思います。

河崎:でも、そもそも発達障害というのは、その人を構成する大切な要素のひとつでもあるわけですよね。それなのに、なぜ、カミングアウトする/しないという問題や、生きづらさの課題を、当事者にすべてゆだねてしまうのか?というところは疑問があって。社会に知識が共有されていれば、そもそも当事者だけが悩む問題ではないかもしれない。単純に当事者の現状が社会で共有できていないから、本人だけがやたら悩む、というところはありませんか。

姫野:それは確かにそうですね。社会の理解がまだ十分に進んでいなかったり、言葉が独り歩きしたりしている、という現状はあると思います。ただ、本の執筆をしていて思ったのは、だからといって腫れ物のように扱ってはほしくないということ。難しいところではあるんですけど。

次回は8月24日(金)公開予定です。
(構成:園田菜々、撮影:青木勇太)