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失敗や運命に振り回されることもあるけれど…自分の足で歩いていく

沖縄出身で、26歳のときのパリ留学中のトラブルをきっかけに、広報の世界に入った吉戸三貴さん(42)。美ら海水族館広報、東京のPR会社をへて起業し、PRプランナーとして活動しています。「東京で働き、沖縄で休む」というワークスタイルを見直し、今春から沖縄で、働く女性のためのPRゼミを始めました。2つの場所に、自分なりの小さな居場所をつくろうとしている女性の「現在進行形」のおはなしです。

病気で仕事を失ったけど…

カフェラテ

「残念です」。オフィスからの帰り道、検査結果を告げる電話がかかってきました。病名から、長い治療になることが予想できました。どうやら私、大変なことになったようです(現場レポート風)。買ったばかりのラテを落とさないよう、慌てて指先に力を込めました。

そこからは、海外ドラマのような急展開で、いろいろなことが起きて仕事はほとんどなくなりました。表参道で小さなPR会社を始めて4年目の出来事。「1人でやってる、吹けば飛ぶような会社です」と自己紹介することはあったけど、まさか本当に飛ばされそうになるなんて。藁(わら)の家に住む子豚の気持ちが初めて分かった気がしました(童話「三匹の子豚」より)。

人生最大のピンチをどうにか乗り越え、少しずつ少しずつ日常が戻ってきた時、地元の沖縄で、PRとブランディングを教えてほしいという女性が現れました。それまでも、たまに出張したり帰省したりはしていましたが、長期滞在して仕事をする具体的なイメージは持てていませんでした。

沖縄で、はたらく。

言葉にするとリゾート感たっぷりですが、都市部以外で、PRの研修やコンサルティングにどのくらいのニーズがあるのかはまったく分からない状態。どう考えても、不安しかありません。

うーん。エスプレッソを追加したラテを飲みながらしばらく考えます。

お客さんは1人だけだし、PRの専門知識が必要とされているのかも分からない。でも、退院して、二足歩行できるだけでもうれしい今、機会をもらえるのは幸せなことだし、東京以外の選択肢ができたと思えば悪くないのかも。心に、風が吹いた気がしました。

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失敗や諦めがあったとしても…

思えば、20代後半から「いつかは沖縄に貢献できる人材になりたい」と口にしていました。なんとも大それた発言で、あらためて書くのも恥ずかしいのですが、県の奨学金で留学させてもらったこともあり、無意識に肩に力が入っていたのだと思います。一方で、私にできるかな、沖縄でどんな仕事をすればいいんだろう、という不安もありました。だから、東京生活が長くなるにつれ、ミッション遂行のタイミングを見失っていたのです。

療養で全ての予定が白紙になって、ようやく、まっさらな気持ちで地元に目を向けることができました。キラキラした移住ストーリーからは程遠いけど、働く場所を自分で選ぶささやかな意思があればそれで十分。

強風で飛ばされかけた藁(わら)の家(ほぼ跡形なし)在住なんだし、失うものもほとんどない。そう思ったら、都会で働き地元で休むというマイルールから少しだけ自由になれた気がしました。

さて、沖縄に私ひとりの小さな居場所、つくれそうかな? あのー、小さな椅子をひとつ置けるだけのスペースをお借りできないでしょうか? あ、毎日とかじゃなくていいんです。月の半分とか、そのくらいから。

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そんな気持ちで辺りを見回すと、県内にもいろいろな決断を経て仕事をしている女性たちがいることに気付きました。東京での就職活動に失敗したものの、家業を継いだら才能が開花して生き生きと仕事をしている人。結婚と出産で海外留学は諦めたものの、家族の協力を得て、好きな仕事を力いっぱいしている人。

あー。なんだか、浦島太郎みたいな気分(今度は、日本昔ばなし)。

東京で長く暮らしている間に、沖縄でもいろいろな変化が起きていました。情報を伝えるツールが増えて、これまでになかった働き方をする人が現れて。なにより、場所を理由にして選択の幅を狭めず、自分で選んだ道をしっかりと歩いている女性がたくさんいて。

もちろん、彼女たちだって悩んだり迷ったりすることもあるでしょう。でも、そのたびに、ちょっとしたことで気持ちを整えたり、逆らわず流されることで気力を回復したりして、前に進んでいるのだと思います。

「これで完璧!」な状態はないかもしれないけど…

那覇で餃子をつつきながら、そんな話をしていたら、友人たちがコクコクとうなずきました。

「子どもに、元気ないねって聞かれたから、正直に『お母さん、会社で怒られた』って言ったら、なぐさめられた(笑)」

「つらい時は、取りあえず、家電量販店の駐車場に車止めて号泣する。泣くとスッキリするんですよ~」

「無国籍なバーに行って、外国語をいっぱい聞きます。世界規模でみると自分の悩みは小さいって思えるから」

打ち出の小槌みたいに、出るわ出るわ。別の日は、表参道でカレーを食べながら、東京で暮らす友人たちと同じ話題で盛り上がりました。

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たぶん、どこでどんなふうに働いても、完璧と思える状態になることはあまりなくて、私たちはいつだってバランスを取りながら歩いてる。

そう思ったら、今年の春から沖縄で開講した私のゼミ(PR・ブランディング講座)に通ってくれている20人の女性たちの仕事観が気になり始めました。

個性あふれるゼミ生のエピソードは、また次のおはなし(次回、最終回)。

(吉戸三貴)