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「公道を裸で歩くようなもの」社会で損をする、論理力のない人の振る舞いとは

現代文講師・出口汪さんのインタビュー後編。

前編では、論理とは何なのかをテーマにお話を伺いました。感情のままに喋るのは赤ちゃんが泣くのと一緒。人間が社会で大勢の人と接するためには、皆に分かりやすい“論理”で考えを出力しなければならないと出口さんは説きます。後編では、社会で論理力が活きる、具体的な場面について伺います。
【前編はこちら】女は感情的、男は論理的は本当なのか? 人気現代文講師に“論理力”を聞く

論理性なき言葉が炎上を引き起こす

――SNSでの炎上は、論理を身につけていない人々によって引き起こされていることが多いですよね。

出口汪さん(以下、出口):そうですね。人の話を聞かずに、自分の凝り固まった考え方や価値観と違う人を見つけたら怒って「むかつく」と自分の狭い価値観を感情的に押し付けているわけですから。

だからまずは自分の価値観はいったんおいて、論理を追って、相手が書いていること、内容を正確に深く理解する。その上で自分の考えを持っていく。それをやっているうちに自然と論理が習熟できてくるんですよね。

論理のフォームを身につける

――前編では、論理力を養うために必要なのは読書だと伺いました。論理力を習熟するためには、とにかく量をこなすべきでしょうか。

出口:質、そして量が必要です。しっかりと論理を意識する訓練をやっておかないと自己流で文章を読んでもほとんど意味がありません。

野球の例にたとえると、最初はピッチャーでもキャッチャーでもゆっくりとした球を使ってフォームを固めますよね。時間がかかってもいいから文章をじっくり読んで論理の使い方を理解する。そこからは無意識にからだが動くようにしないと本番で使い物にならないから、そこから投げ込みや打ち込みの練習で量をこなして習熟していく。からだと言語というのは習熟しないといけないという点において全く同じなんです。

女性にこそ論理は心強い武器となる

――テクニックとして、「この人は論理的だな」と思わせるような喋り方ってあるのでしょうか。

出口:論理的な人っていうのは誰もが分かるものです。

昔は初めて会った人と名刺交換をして「まだ下っ端だな」とか「部長だな」と判断したけど、今はその人を検索してその人の書いた文章を見つけられる時代だから、若くても論理的な教養のある文章を書いていれば「こいつはできるな」と一目置くし、部長クラスの人でも漢字や日本語を間違ってばかりの文章だったら「この人は仕事できないな」と思われます。

そういう意味では小手先ではなくて、論理という武器を早く見つけたほうが生きやすい。論理という武器がないと、女性は男性以上に活躍することが難しくなると思うんですよね。女性はまだ損をすることが男性より多いだろうし。

全ての感情は論理でアウトプットできる?

――人間というのは誰でも感情を持っていますよね。出口さんは、習熟さえすればすべての感情は論理で説明できるとお考えですか?

出口:深い悲しみとか怒りは本当に論理で説明できないものだと思います。そのまま出したほうがいいと思いますよ。だけど、論理で説明できるものは論理で説明すればいいと思うんですよ。その方が人にも分かってもらえるし、自分も冷静になれる。いちいちそこでカーっとなっていると「感情的だ」と思われてしまいます。

――そこができていたら深い悲しみや怒りを感情のままに表したところで「あの人は感情的だ」とはならない、と。

出口:逆に言うと「普段あれだけ冷静できちんと話ができる人が、あれだけ怒っているのはよっぽどだ」ということになります。

――いつも感情的で当たり散らしていると、本当の悲しみの時も助けてもらえなくなる……オオカミ少年みたいな話ですね。

出口:論理力の必要性を説明したときに「人間っていうのはもっと大切なものがあるんじゃないのか?理屈が最優先なのか」と反論されることがあるんですが、これは誤解、というか勘違いなんですね。

「この人はいい人だな」というのは何も論理性があるから惹かれるわけではない。その人の持っている言葉なり人間性なり教養なり感性なり色んなもので人の価値や魅力は決まってくるけれど、ただ学習するときには論理性がないと不利ですよね。かつ、広い意味でのコミュニケーションにも論理性が必要なんです。

昔は手書きで、特定の人に向けて文章を書いていたのが、今はインターネットで不特定多数の人に向けて情報発信する時代で、誰に見られているか分からないのだから論理性が必要なんです。誰から見られているか分からない文章に論理性がないのって、公道を裸で歩いているようなもの。それを恥ずかしいと思わないのは感覚が麻痺しているというか。論理は、現代人にとってより必要なものなんですよ。

「たかが論理」をすぐに身につけよう

――現代社会を渡る基礎のリテラシーの1つとして必要だと。

出口:一番強い武器だと思います。この武器を持っていないとコミュニケーションも情報発信もできないし、論理的な考えを持たずに文章を書いているのは「教養もなくて感情的だ」とということを公衆の前で晒しているようなもの。

僕にとっては「たかが論理」なんです。さっさと身につけてしまったらすごくその先楽なんですよ。ある程度訓練すると簡単に身につくし、英語を勉強するよりも簡単です。外国で暮らすのでもなければ英語よりはるかに役に立つものだと思いますよ。